月刊・教室だより

名物先生によるリレー連載(毎月20日更新)

【連載第205回】

セレンディピティ(Serendipity)

 当教室の小5国語テキスト(P66~67)に、こんなお話が登場します。肝臓の研究をしていた斎藤洋教授はある日「スンクス」と呼ばれる小動物に実験用のアルコールを投与します。するとスンクスは気分が悪くなったのか嘔吐してしまいます。その瞬間、斎藤教授は興奮気味に「スンクスは吐くぞ!」と叫びます。周りにいた他の研究者たちは「そりゃそうでしょ。何を今さら。」と答えます。実は当時、嘔吐研究の世界では実験動物として小型動物が必要とされていました。ラットやマウスは吐くための脳回路を持っていません。一方、犬や猫は吐きますが、大きすぎてコストがかかります。まさにスンクスは実験にうってつけの小型動物だったのです。肝臓が専門の斎藤教授は偶然、嘔吐研究における大発見をしたのでした。他の研究者も同じ光景を見ていたのに斎藤教授にだけ大発見が舞い降りてきた原因は「問題意識」の差だとテキストでは結論づけていました。
 もう一つ、高校1年生の英語の教科書(Element 1 Lesson7)に、興味深いお話があります。ある人物がしおりに使っていた紙切れがよく本から滑り落ちることに不満を持っていました。そんな折、別の研究者が接着強度が不十分な失敗作の接着剤の話をしていたことを思い出します。彼は突然ひらめき、ポストイット(付箋)の発明にたどり着きます。最初は、そんな中途半端な接着力のものが売れるとはだれも想像していませんでした。しかし、しおりの役割以外にもメモ代わりになることがわかると大ヒットします。今や我々の生活に欠かすことのできない道具になりました。
 どちらの話にも共通するのは、セレンディピティ。偶然の発見や出会いを意味する言葉です。単なる偶然ではなく訪れた幸運を自分のものにできる能力です。「ニュートンのリンゴ」・「アルキメデスの風呂」・「フレミングの青かび」が昔からよく知られているセレンディピティのお話です。商品では前述のポストイットや板チョコからのカッターの発明が有名です。みなさんなら何を想像するでしょうか。驚くことに、小5の文章も高校の英文も「セレンディピティは周到な準備(prepared mind)をした者にだけ訪れる。」というパスツールの言葉で締めくくられています。

小杉先生