教室だより167
専任講師陣によるエッセイ(毎月20日更新)
【連載第167回】
AI時代と読解力
今の子供はいろいろ大変な状況に直面していると思います。コロナ禍もそうですが、これからAI技術がますます発達して、職業生活についても、今までの延長線上で考えていては太刀打ちできなくなります。 もっとも、よく言われるシンギュラリティ(技術的特異点。人間の知能と同等レベルの能力のある人工知能が、自律的に自分自身の能力よりも高い能力をもつ真のAIを作り出せるようになった時点)は来ないでしょう。なぜなら、AIはしょせん計算機であり、使っている道具は数学に過ぎず、数学の獲得してきた言語は論理、確率、統計の三つだけだからです。しかも、そのうち論理を使いこなせる見通しもなかなか立っていません。数学の力はもちろん偉大ですが、人間の知能全体を代替できるものではなく、また、AIには文の意味が分からないため、いわゆる「教師データ」を人間が設計して入力しなければなりません。
とはいえ、AIには現状GMARCHレベルの大学に受かる実力はあり、読解力が不足していて、AIを使いこなす側に回れない子にとっては、ネオリベラリズムに基づく経済政策が続く限り、グローバルな規模での他国の労働者との仕事の奪い合いに巻き込まれる恐れが高くなります。産業革命後のラッダイト運動(機械打ち壊し運動)はよく知られていますが、もっとシビアな状況が生まれかねません。エマニュエル・トッドも『経済幻想』で、高等教育の進展により、社会の文化的、経済的側面における格差が急速に拡がっている、と分析しています。--かといって、もちろん子供たちに人々を支配、抑圧する側に立ってほしいわけでもありません。AI技術の進展には本来、人間の労働を軽減する可能性が秘められているはずですが、残念ながら世界の趨勢としてまだ、資本主義が明らかに行き詰まっているにもかかわらず新自由主義的なグローバリズムに拘泥し、格差を拡げ、サイバー独裁主義、デジタル封建制ともいえる状況に導いていこうとする強力な指向性が存在します。技術の発展が自動的にそうした状況を解決してくれるわけではないので、その流れに抗するためにも、自分で考えるための読解力、思考力がどうしても必要となります。
読解力の低下は、われわれも教えていて日々実感しているところではありますが、RSTテスト(リーディングスキルテスト)を開発された新井紀子氏によると、本当に深刻な状況のようです。RSTテストは①係り受け解析、②照応解決、③同義文判定、④推論、⑤イメージ同定、⑥具体例判定からなっており、どなたでも受けられます。試しに覗いてみましたが、正直「こんな簡単な問題が解けないはずがあるの」というレベルの問題でした。にもかかわらず、小中高生のみならず大人でもかなり低スコアの方が多いのが現状だとすると、確かに先行きが心配になってきます。教科書をまともに読めていないレベルです。しかも放っておくと、読解力は中学ではほとんど伸びず、高校ではまったく伸びないと分析されています。これでは、小学校の段階で将来の進学先、就職先が決まってしまう、といっても過言ではありません。
今年実施された英語の「共通テスト」は、こうした時代に合わせて、上記のRSTテストの六項目を問う方向に向かおうとしているのかなという印象をもちました。たとえば、AIが得意な発音・アクセント問題や知識だけを問う問題は外される一方で、文章を図やグラフと比べて内容が一致しているかどうかを問う問題(⑤イメージ同定)、リスニングも含めて、常識に基づく状況判断を問う問題(④推論)が出題されています。
私も以前から、特に中高生には、ノートをきちんととれるようになり、たとえば①係り受け解析、つまり文の基本構造(主語、動詞、補語、目的語、修飾語など)を把握する力、②照応解決、つまり指示代名詞が指すものや、省略された主語や目的語を把握する力等を、徹底的に鍛える方向で指導してきました。これからも、読解力を伸ばすために鋭意注力していくつもりでいます。
ただ、問題が幼少期に遡るものだとするなら、やはり本当はシュタイナー教育(当教室カシオペアに連載)が望まれるところではあります。そこまでは急には難しいとしても、少なくとも、幼少時から、テレビやゲームではなく、大人同士の会話に触れる機会を増やしたり、家庭の仕事のお手伝いをしたり、直に自然に親しんだり、課題に追いまくられるのではなく自分の関心事に集中して取り組む時間をもったり、友達と大いに交流したり、といったところから土台づくりをしていくことが肝要でしょう。
塾長先生 |