教室だより169

専任講師陣によるエッセイ(毎月20日更新)

【連載第169回】

田んぼのある生活

 私の故郷、滋賀県も最近では都市化の波が押し寄せ、すっかり様変わりしました。駅前には、たくさんの高層マンションが建設され、都会でしか見られなかった施設もほとんどがそろうようになりました。大阪や京都にも通勤・通学の便が良く、ベッドタウンとして人口の流入も増えてきています。しかし、少し駅から離れると、昔ながらの田園風景が広がります。近江牛とともに滋賀県の特産品である近江米を作るため、平野部の多くは田んぼとして利用されています。私の実家の裏手も子供の頃は一面に田んぼが広がり、目にしない日はありませんでした。小学校への通学路は、左右に田んぼが延々と続き、四季折々の表情を見せてくれます。
 春、田んぼの土を柔らかくするためにトラクターが走り、田おこしを始めます。5月頃には田んぼに水が張られ、しろかきをすることで田んぼを平らにならします。準備が整ったら、今度は田植え機の登場です。等間隔に見事に苗を植えていきます。まだ苗が小さいので、晴れた日は水面に空が映り込みキラキラ輝いています。私の部屋は田んぼに面していたので、トラクターや田植え機に乗った農家のおじさんと窓越しによく挨拶をしたものです。
 夏、田んぼは緑のじゅうたんと化します。成長した苗に覆われ水面は見えなくなります。風が吹くと、濃い緑の部分と淡い緑の部分が陰影を作り、サーフィンでもできそうな緑の波が田んぼの表面を走ります。夜はカエルの大合唱。遠くからはグオーグオーとウシガエルの低い鳴き声が響きます。カエル以外にも田んぼには多くの水生生物がいます。ヤゴ・ゲンゴロウ・ミズカマキリ・ミズスマシ・アメンボ。血眼になって探していた王様タガメは見つけることができませんでした。
 農薬散布の日は、午前中必ず窓を閉めるように通達があります。一度閉め忘れて、うちの九官鳥がぐったりしていた事件もありました。それにもまして大変だったのが、花粉症です。稲の花はとても小さく短時間しか咲いていないので、目にすることはほとんどありません。しかし、8月になると私は目でなく鼻で稲の開花を察知します。夏にマスクをしたり、鼻にティッシュを詰めたりして格闘していました。
 秋、田んぼは緑から山吹色に変わります。稲刈りの時に登場するのがコンバインです。農家の人が操る機械の中でも一番のお気に入りでした。特に先端の斜めの部分が次々と稲を刈り取っていく姿はとても勇ましく見えました。稲刈りの後、田んぼは一転、子供の遊び場へと変わります。野球場が何面もとれる広さなので、何でもできます。上空に電線が走っていないため、当時流行っていたゲイラカイト(凧揚げ)をするにはうってつけの場所でした。
 当たり前のことですが、このようにして一年かけて成長したお米が私たちの食卓に上るのです。東京にいると、田んぼの存在を意識することは難しいですが、お米の産地を想像することはできます。今ではいろんな産地のお米が登場しているので、あなたのお家のお米の産地を調べてみて、その土地に思いをはせてみるのも面白いと思います。

小杉先生