教室だより177

専任講師陣によるエッセイ(毎月20日更新)

【連載第177回】

物忌みとステイホーム

 受験シーズン本番の2月になってもコロナウイルスは依然猛威を振い、各地域で蔓延防止重点措置が行われる状況になっていますが、ワクチン接種が進んでいることとオミクロン株の弱毒化もあり、第五波までとは違う少し弛緩した空気が流れるようになっています。

 緊急事態宣言が初めて出された一昨年は「ステイホーム」ということが盛んに言われました。法的な根拠もないただの要請であるにも関わらず多くの国民が自主的に協力し、感染者数が他国に比べて二桁も少ないという成果をあげて諸外国からは驚嘆の目で見られたのですが、そもそも日本人には平安時代から「物忌み」といういわばステイホームの発想が根付いていたからすんなりと受け入れられたともいえるでしょう。

 「物忌み」は辞書では「ある期間中ある種の日常的な行為をひかえ穢れを避けること」と定義されます。中世において、肉親の死などの死穢を筆頭に、穢れに触れてしまった人(触穢)は一定の期間、自宅にこもり、それ以上穢れを広めないことを求められました。

 天然痘など致死率の高い恐ろしい伝染病がしばしば発生した古代・中世の社会では、医学的知識の乏しい中でできる防御策として「物忌み」は一種の合理性を持った行為とも言えます。コロナウイルスに対してもその防御策は有効に作用し、小まめな手洗い・入浴の習慣やハグなどの肉体的接触を伴わないコミュニケーション習慣と相まって諸外国に比べて極めて低い感染率に留まっています。

 一方で穢れを忌避する心は、宮中を中心に独特の秩序空間を作りました。天皇の日常の御殿である清涼殿は、殿上人という一定以上の位階を持つ貴族しか昇殿が許されませんでした。清涼殿という言葉が示すとおり、聖なる空間に穢れを持ち込むことは絶対に許されなかったのです。それだけに、必然的に死穢を背負わざるを得ない武士の棟梁である平忠盛(清盛の父)が昇殿を許されたのは当時としては衝撃的な事件でした。平家・源氏と武士による政権が続き、過剰なまでの「穢れ」思想は宮廷の中だけの特殊な習慣となりましたが、ゴイサギ(五位鷺 )イチイ(一位)など位階を授けられた鳥や木の名前が今に残っています。江戸時代になっても象やラクダなどの珍しい動物を天皇がご覧になる時には位階を与えていたというのですから、その徹底ぶりには目を見張るものがあります。

 古文や日本史を勉強するのが嫌いな人は、「昔のことなんて今更知ってどうすんの?」という思いが強いと思いますが、勉強を進めていく中で、現代社会の中でも色濃く残っている伝統のルーツや無意識の習慣の意味を知ることによって、日常何気なく目にすることや自分の習慣的行為も含めて、世の中を広く深い視線で眺められるようになるでしょう。

宮地先生