教室だより3

専任講師陣によるエッセイ(毎月20日更新)

【連載第3回】

有楽町で会いましょう

 当教室に勤めて18年、多くの生徒を教えてきましたが、なかでも思い出深い生徒の一人に、「Y君」がいます。彼は、教室1階の自動ドアを通るたびに、いちいち「プシュウ~ゥ~」と鉄道の自動扉の開閉の音真似をしなければ気がすまないほどの、筋金入りの鉄道マニアでした。
 都内ほぼ全ての駅のホームの発着音を聞き分けられるのはもちろん、鉄道車両の写真の一部を見ただけで、「これはクモハ785系」と一瞬で判別します。車内アナウンスもお手のもので、一度、「なんで、あんなに鼻にかかった間延びした声なの?」と彼に聞いてみたら、「あれは、研修でああいう声でしゃべるように決められてるの。あの声が、マイクを通すと一番聴き取りやすいから」と、まだ就職したわけでもないのに、まるで社員のように即答してくれました。

 完全な「鉄道オタク」のY君は、鉄道以外のことにはほとんど興味がなく、授業中はうわの空、言葉遣いも授業態度もめちゃくちゃです。しかし、鉄道のことになると目を輝かせて語るYくんが、わたしは好きでした。彼は授業中に「なんだよう、みやじィ~」とわざとタメグチをきいて、わたしに「なにタメグチきいてんだっ」と怒られると、とても嬉しそうな顔をするのです。
 高校は当然のように鉄道系の学校に進学し、部活はもちろん鉄道研究会、しかも部長という鉄道ファンの王道をY君は突き進みます。その間も、塾の教室中に、自分が撮影した鉄道写真を突然貼りまくるなどの奇行を繰り返し、我々をハラハラさせながらも、無事3年間の高校生活を終え、小学校から通っていた当教室を卒業したのでした。

 その後、念願かなって営団地下鉄の職員となったY君。就職してからは会う機会がありませんでしたが、そのY君がついこの間、教室を訪ねてきたそうです。あいにく私はその日は授業がなく、彼に会うことはできませんでしたが、就職して7年、立派な社会人としての風格がついていたということでした。きちんとした身なり、言葉遣いで、「早稲田学習教室で学んだことが、僕の誇りです」と、なかなか泣かせることを言っていたそうです。

 中3の国語の教科書に、「握手」という話があります。孤児院で多くの子供たちを育ててきたルロイ修道士に、「先生が、一番幸せだと思うのはどんなときですか?」とたずねる場面がありました。「ここで育った子供たちが世の中へ出て、一人前の働きをしているのを見るときがいっとう楽しい、なによりも嬉しい」と、ルロイ修道士は答えています。
 Y君は、「今度、有楽町線に乗るときには教えてください」とのメッセージを残して、帰っていったとのこと。そのうち有楽町線に乗り、彼の働く姿をそっと見てこようと思います。“いっとう楽しい”気持ちになれるでしょうから。
 でも、少し寂しい気持ちになるかもしれません。「なんだよお。みやじィ~」とタメグチで話しかけてくることは、もうないのでしょうね。

宮地先生