小杉先生の部屋

 

◆小杉治・男の旅路
はじめまして。当教室の教室だより「かしおぺあ」で京都の文化を多方面から発信しています。2003年~2011年にかけて訪れた場所を中心に紹介しています。タイトルは小学生の頃、友達のしんちゃんの家で読んだ漫画「男の旅立ち」に由来します。

 

◆ 小杉治・男の旅路 (File29 in Kyoto)
【 疫病退散コンチキチン ― 祇園祭(京都市) 】
 西暦869年、日本は蔓延する疫病に苦しんでいました。当時はウイルスや細菌の存在はまだ知られていなかったので、怨念のような霊が悪さをするものだと考えられていました。そこで、霊を鎮めるための御霊会(ごりょうえ)が京都で開かれました。当時の日本の国の数にちなんで66本の矛をたて、お神輿を担ぎ疫病退散を願ったのです。これが祇園祭りの始まりです。
 日本三大祭りの一つとして知られる祇園祭は八坂神社のお祭りです。7月に入ると、京都の町は祇園祭一色。「コンコンチキチン・コンチキチン」祇園ばやしの音色のもと様々な神事や行事がとり行われます。中でも7月17日・24日の山鉾巡行は多くの観光客が集まる一大イベントです。「長刀鉾」を先頭に豪華絢爛な山や鉾が次々と道路を巡行していきます。山鉾の数は33基にのぼります。動く美術館の異名を持つ「月鉾」、登竜門がテーマの「鯉山」、大カマキリのからくりで子供に大人気の「蟷螂山」、2014年に150年ぶりに復活した「大船鉾」など33基それぞれに個性があります。長刀鉾は長刀鉾町、鯉山は鯉山町の様に山や鉾は各町内で管理されています。釘を一本も使わずに縄で部材を縛って組み立てます。山鉾の試運転である試し曳きにはだれでも参加することができ、外国人観光客も飛び入り参加しています。
 山鉾巡行の前夜を宵山、前々夜を宵々山と呼びます。いわゆる前夜祭ですね。山鉾に取り付けられた駒形提灯に灯がともり、歩行者天国は浴衣姿の人であふれかえります。大きな鉾には登ることもできるので、細部まで観察できる絶好の機会となります。山鉾の御神体や装飾品も展示され、見所たっぷりです。また、各町会所では厄除けの粽(ちまき)や御守りが販売されます。たいてい、町内の子供がわらべ歌を歌いながら販売しています。粽は山鉾ごとにデザインが違い、ご利益も違うので比べてみるのも面白い。購入後は家の玄関の軒先に飾ります。私の実家もいつも長刀鉾と鯉山の粽が飾られています。
 残念ながら2020年の山鉾巡行は、新型コロナの影響で中止になってしまいました。人出の多さを考えると仕方がありません。疫病を退散させるための行事が疫病の影響で中止になるとは、何とも皮肉です。しかし、これまでも応仁の乱による長期間の中断や禁門の変による大火事での山鉾焼失など数々の苦難を祇園祭は乗り越えてきました。来年にはまた祇園ばやしを奏でながら巡行する山鉾を見ることができると信じています。7月に京都をお訪ねの際には是非とも耳をすませてください。どこからともなく、コンチキチンが聞こえてきます。


◆ 小杉治・男の旅路 (File30 in Kyoto)
【 インゲン豆 ― 万福寺(京都府宇治市) 】
 みなさんには苦手な食べ物がありますか。私は子供の頃、オクラとサンド豆がとても苦手でした。どちらも祖父が裏の畑で育てていたため、高確率で食卓にのぼり私を苦しめました。サンド豆はインゲン豆の若いさやで、サヤインゲンの呼び名の方が一般的かもしれません。夕方台所にいると、母が「サンド豆の筋とってくれへん?」と言ってくることがあります。ささやかなお手伝いですが、続けて「ゴマすってくれへん?」とゴマの入ったすり鉢とすりこぎを渡されます。悲しいかな、夕食に「サンド豆のゴマ味噌和え」が出て来ることが確定しました。残すことは許されないので、マヨネーズをかけて無理やり食べたりもしました。「風味が台無しや。」とあきれられたものです。

 さて、このインゲン豆を江戸時代に日本に持ち込んだ人物がいます。隠元隆琦(いんげんりゅうき)。中国のお坊さんで、招きに応じて弟子たちを引き連れて日本にやって来ました。この時、隠元豆・西瓜・蓮根・孟宗竹(タケノコ)が食用として持ち込まれたとされています。その後、隠元さんは京都宇治の地に万福寺というお寺を建て、禅宗を広めました。禅宗というと鎌倉新仏教の臨済宗と曹洞宗が有名ですが、隠元さんの一派は黄檗宗(おうばくしゅう)と呼ばれました。

 JR宇治駅の一つ手前の黄檗駅を降りるとすぐに万福寺が見えてきます。お寺の様式は完全に中国式で、一瞬京都でなく中国にいるような錯覚に襲われます。お寺の中で一番人気なのが金色の布袋さんです。大きなお腹を出してどっしりと鎮座されています。笑顔で「よう、おこしやす。」と言っているかのような表情で、こちらまで自然と笑顔がこぼれます。次に、木魚の原型になった木彫りの魚も見所です。カイパンと呼ばれ、天井から釣り下がっています。食事時になると、このカイパンをたたき修行僧に音で知らせます。多くの観光客がカイパンの前で記念撮影をしています。さらに、お寺では普茶料理と呼ばれる精進料理を頂くことができます。ウナギを使わずに精進の食材だけで作ったウナギの蒲焼など「もどき料理」も楽しめます。境内も広く、ハイシーズンでも比較的静かに落ち着いて拝観できる万福寺です。

 最近、我が家ではサンド豆の代わりに「スナップエンドウのゴマ味噌和え」が頻繁に登場します。基本構造はサンド豆と大きな違いはないので、やはり苦手な食材です。