塾長先生の部屋(バックナンバー1)
普段、かなり乱読タイプで、けっこうなんでも読みますが、特にシュタイナー、ゲゼル、密教などを中心に研究、翻訳を行なっていますので、シュタイナー、ゲゼルについて外郭だけ簡単にご紹介させていただきます。
[シュタイナー]
ルドルフ・シュタイナーは、1861年、オーストリア=ハンガリー帝国のクラリエヴェクに生まれました。長じてはウィーン工科大学に学び、在学中にゲーテの自然科学論文集の編集を依頼され、それが後にキルシュナー版「国民文学」の第一巻として刊行されました。その後、家庭教師、演劇批評などの仕事を続けながら、30歳のときに「認識論の基礎問題、特にフィヒテの知識学を考慮して」により、ロストック大学から哲学博士号を授与されます。若い頃も『自由の哲学』などの重要な著作を残していますが、彼本来の仕事は特に40歳以降に展開されます。ベルリン、ワイマール・スイスのドルナッハを拠点として、ヨーロッパ各地で六千回以上におよぶ講義、講演を行なっています。
日本では特に、シュタイナー教育(当教室季刊誌カシオペアに解説連載)、シュタイナー建築で知られていますが、彼が取り組んだ内容は極めて多岐に渡っており、その業績は354巻におよぶ全集にまとめられています。そのうち45巻までが著作、論文集、遺稿で、他が講義録、講演録になっており、『哲学の謎』は著作の第18巻にあたる主著の一つとなっています。
彼の学問は「アントロポゾフィー」と名付けられており、通常「人智学」と訳されています。それは精神科学という方法で、科学のもつ客観性と厳密性を維持しつつ、感覚を超えた事象を主としてあらゆる事象を解明していくものです。たとえば哲学、精神世界、宇宙進化、人類・文化の進化、人間の本質、修行論、キリスト論、福音書、仏教、古代密儀、カルマ論、物理学、数学、医学、生理学、薬学、農業、心理学、歴史、社会問題、経済学、色彩論、美学、芸術論(建築、彫刻、絵画、音楽、詩、オイリュトミー等)、言語形成、教育等が詳細に論じられています。そのうち日本語に訳されているものは、まだ一部にとどまっています。人智学に基づいたシュタイナー(ヴァルドルフ)学校、アントロポゾフィー医学(イタ・ヴェーグマン・クリニック等)、医薬品(ヴェレーダ)、バイオダイナミック農法などの実践運動も、世界中で続けられています。
[ゲゼル]
シルビオ・ゲゼルは、1862年にドイツライン地方のセント・ヴィートに生まれた、在野の経済思想家です。『自然的経済秩序』はその主著にあたります。
ゲゼルは、商品は時とともに腐り、錆び、破損するのに対し、貨幣はその価値を減じず、両者に対等性がない、というところに経済変動、投機、失業等の原因があるとし、「錆びる貨幣」を提唱しました。商品と同等に減価してゆく貨幣です。
ジョン・メイナード・ケインズは『雇用、利子および貨幣の一般理論』のなかで、ゲゼルの「スタンプ付き貨幣の背後にある理念は健全である」「われわれは将来の人間がマルクスの思想よりはゲゼルの思想からいっそう多くのものを学ぶだろう」と述べています。また、ゲゼルの親しい友人であったアルバート・アインシュタインも、「私はゲゼルの光り輝くような文体に熱中した・・・貯め込むことのできない貨幣の創出は別の基本形態をもった所有制度に私たちを導くだろう」と述べています。
シュタイナーにも「老化する貨幣」というアイデアがあり、彼もゲゼルの自由経済運動に完全に同意しています。
また、シュタイナー学校で学んだミヒャエル・エンデは、『モモ』『鏡のなかの鏡』『遺産相続ゲーム』『ハーメルンの死の舞踏』の背景に、シュタイナー、ゲゼルの貨幣概念があることを認めています。そして、「いまの貨幣システムの何を変えるべきなのか」が「人類がこの惑星上で今後も生存できるかどうかを決める決定的な問いである」と述べています。