宮地先生の部屋

 


★宮地哲生の 子どもに読ませたい本★ 

 子どもの時から本を読むのが好きだった私は、貧乏だった大学時代は新刊本を買うなんて贅沢は年に数冊だけで、早稲田や神保町の古本屋を根気よく回って毎年120冊以上は本を読んでいました。今もBOOKOFFやAMAZONなどで手軽に古本が買えるので、新刊1に対して古本5くらいの割合で、毎年100~150冊の割合で蔵書が増えています。

 私は東京で暮らし始めて計3回の引っ越しをしました。引っ越しの理由はいつも本が増えすぎて手狭になったこと。今のマンションに引っ越したのは24年前ですが、当時は約2500冊の蔵書がリビングの壁一面、天井までびっしり入る2段式の本棚をメインに四つの本棚にすべて収納され、「おおっ、大学教授の部屋みたいだぞ」と悦に入っていたものですが、いまや蔵書は6000冊に達してしまい、リビングのみならず寝室まで浸食されて6畳の寝室の約2畳分が本に占領された状態。元の本棚の前をびっしりと塞いでしまって奥の本が取り出し困難な状態に陥っています。ちなみにトイレにも本棚が置いてあり、かなり窮屈な状況です。

 私は政治経済学部の出身で、塾で社会科を教えていることもあって、国際関係・歴史・地理・政治学・国際経済・社会学など社会科学系の本が多いのですが、宗教・心理学・人類学・民俗学・文芸批評・芸術論・美術史・音楽史など人文科学系の本も年々増えつつあります。
 高校生の時に夢中になって読んでいた講談社ブルーバックスの流れで科学史・天文学・生物学・進化論・鉱物図鑑などの自然科学系の本も多くあります。

 さて、このコーナーでは塾内報「かしおぺあ」で連載中の「生徒に読ませたい本」を中心にみなさんに書評を掲載していきたいと思います。時折、エクストラ版として私個人のFBで紹介している書評もご紹介していきたいと思います。


■2021年の15冊

第1位「サハリン島」(エデュアルド・ヴェルギン)

昨年の春、幕張のホテルに缶詰めになって読んだ傑作小説。近未来に唯一の大国として残った「大日本帝国」管理下のサハリン島が舞台です。

核戦争・人種差別・階級化・懲罰・収容所・不正役人・処刑・脱獄・反乱・天皇崇拝・鎖国・国境管理・満州・北朝鮮・北方領土・大量殺人鬼・カリスマ・新興宗教・カニバリズム・精神異常者・肉体の欠損・テロリスト・人体のエネルギーとしての再利用、鉱毒汚染・放射能汚染・生贄・ゾンビ・地震・寄生虫・恐水病・そして恐るべき伝染病、と20世紀までに人類が獲得したありとあらゆる「負のワード」が暴力とともに充満する異様な活字空間。「マトモな」人間は誰一人でてきません。

小説の最後は当然、悲劇そのものですが、カタストロフィーの中にかすかな希望の欠片と至上の美を感じさせる、ロシア的な短調の響きを持った壮大な交響曲のような大作です。


第2位「円」(劉慈欣)

デビュー作「鯨歌」から2014年に発表された表題作「円」まで作者が選んだ十三の短編集。

貧しい炭鉱労働の状況を石炭地下ガス化という新技術で変えようとする主人公・劉欣の奮闘とその顛末、そして120年後の世界を描いたドキュメンタリー風のSF「地下」。戦争ではなくオリンピックのマラソンの勝敗が祖国の運命を決める「栄光と夢」。「三体」でおなじみの人列計算機に狂奔する始皇帝と荊軻の姿を描く表題作の「円」。アメリカ大統領選・イラク戦争・ユーゴ内戦・北京オリンピックなど当時の国際情勢を想起させる作品も多く、科学談義も相変わらずの面白さ、宇宙SFとしてのスケール感もばっちりです。

中でも素晴らしいのは、貧しい山村の教育に私財と文字通り自分の命を投げ出し、子供たちに科学を教える教師の話「郷村教師」。村人たちの無知と絶望の中で奮闘する教師の話だけでも十分に読む価値があるのですが,もちろんそれだけでは終わらないのが我らが劉滋欣!よもやよもやの展開に舌を巻くばかりです。


第3位「三体Ⅲ 死神永生」(劉慈欣)

「死神永生」(しにがみでなはなく、ししんと読みます)の時間軸は201X年~18906416年。空間軸は2次元~10次元とさらにスケールアップ。もはや「三体」星人でさえ大宇宙の非情な論理の中では卑小な存在にすぎません。太陽系が消滅していく究極の破壊と、時の外にある小宇宙の創造が描かれます。

不穏な予兆と謎に包まれた第一部、圧倒的なスケール感と緊張感、そしてエンターテイメント性で一気に読者を引き込む第二部「黒暗森林」、ボリュームアップしていく宇宙と矮小化していく人間の姿をえがいた第三部「死神永生」。ここまで大風呂敷を広げて見事に収束させた作者の手腕と果てしない独創性は天才のなせる業としかいいようがありません。


第4位「アフター・リベラル 怒りと憎悪の政治」(吉田徹)

ここ数年読んだ新書の中で最も知的な刺激を受けた一冊。リベラル・デモクラシーが後退し、リベラリズムの隘路の果てに生まれた権威主義的な政治がはびこる今の政治状況を鋭く分析しています。

特にホームグロウン・テロについて考察した第四章「ウーバー化するテロリズムー移民問題とヘイトクライム」は秀逸。―「弱者」のテロはけっして信仰が原因ではなくヘイトクライムの裏返しであり、彼らのアイデンティティの拠り所として「神」が「呼び出される」―

狂信者によるテロは防ぎようがないのですが、テロが政治の貧困の結果として生み出されたものならば、テロは「文明の衝突」などという根本的に解決不能な問題ではないということです。


第5位「会計の世界史」(田中靖浩)

「会計」でこんなに面白い本が書けるなんて!レオナルド・ダ・ヴィンチ、レンブラント、マイケル・ジャクソンに至るまでの有名人のエピソードを盛り込みながら簿記会計の発生や財務会計と管理会計の違いなど、どう見ても面白くなさそうな話題をこんなに面白く語れる著者の力量に脱帽です。適度に写真やイラストが載っており、活字も大きめで読みやすいのもいい。


第6位「昨日までの世界」(ジャレド・ダイアモンド)

「銃・病原菌・鉄」の著者による文明史論。5年ほど前に買っておいたものの著者の他の本を読むのを優先して後回しにしていた本。ぎっくり腰で動けなかったGWにじっくり読みました。メチャクチャ面白い。もっと早く読んでおけばよかった。

死に対する賠償の考え方や戦争の発生、子育てや高齢者に対する対応(嬰児殺し・親殺しも含む)など伝統的社会における価値観と現代文明との違い、そして深部での共通点に考えさせられます。特に、野生動物や事故、病気や人の暴力行為や飢餓など、一歩間違えれば死に至る様々な危険に対する「建設的なパラノイア」ともいうべき驚くべき注意深さに関する考察には特に興味を惹かれました。


第7位「フォン・ノイマンの哲学 人間のフリをした悪魔」 (高橋昌一郎)

コンピュータ・原爆・ゲーム理論などまさに20世紀を切り開いた人類最強の頭脳フォン・ノイマン。同時代に生きていた並みいる天才たちも舌を巻く天才の中の天才ノイマンの生涯を描いた評伝としても実に面白いのですが、「人間のフリをした悪魔」のサブタイトルが示すように、読み進めていくうちに、目的のためならどんな非人道的な研究も許されるはずだ、という科学者の道徳律に対する問題が浮かび上がってきます。

関連書の「異星人伝説」(こちらも面白い!)もご紹介します。

「異星人伝説」(マルクス・ジョルジュ)
「地球人の知識人には二つの属性が存在する。一つがHumanで、もうひとつがHungariansだ。(アイザック・アシモフ)」―を筆頭に、ケストラー、テラー、シラード、ソロスなどのユダヤ系ハンガリー人の天才たちが同じブダペストのギムナジウムに学んだという奇跡の物語。


第8位「クララとお日さま」(カズオ・イシグロ)

「わたしを離さないで」では臓器を提供するために生まれてきた“特別”な子供たちのどこにも救いのないストーリーを描いた作者ですが、今作は人口知能を搭載したロボットのクララと病弱の少女との物語。前作が透明な静寂と寂寥感の中、静かに進行する「冬」の物語だったのに対し、今作ではタイトルが示す通り暖かい日差しの中で進行する「夏」の物語として始まりますが、中盤以降、物語は前作同様に深い闇をはらんだ世界に。。ネタバレになるので後はお読みになってください。


第9位「ペインティッド・バード」(イエジー・コシンスキー)

第二次大戦中、親と引き裂かれた6歳の男の子が、東欧(どう考えてもロシア)の僻地の村々でさまよい、生き延びていく物語。以前ご紹介した「悪童日記」と通底する部分もありますが、今作はより過酷な暴力、非情な虐待(性的倒錯あり)がこれでもかとつづられます。作品中最もまともな人間は赤軍の狙撃手の青年(といっても、仲間を殺された腹いせに村人を無差別に射殺しますが)というまさに地獄世界。人間のグロテスクな部分だけを濃縮したような小説ですが、戦争中とはいえ、これがわずか80年ほど前の人間の姿とは。。


第10位「世界の大変化を「水平思考」で展望する」(マウロ・ギレン)

昨年ご紹介した「FACTFULNESS」が現在の世界の分析だったのに対し、本作は近未来の世界の予測分析。2030年にアフリカが著者の指摘するとおり大発展しているとはにわかには信じられないのですが、説得力のあるデータ・資料に納得。答えは8年後にわかります。


第11位「世界史は化学でできている」(左巻健男)

すべての物質はなんでできているのかーギリシアの自然哲学者の疑問から始まった化学の世界。元素の発見と周期表の話から始まり、火の利用、酸素の発見、塩素殺菌。料理法と五大栄養度、ビール、ワイン、蒸留酒など食物の進化。土器からガラス、セラミックス。鉄・金・銀の金属類。染料から始まり、抗生物質、麻薬を生み出した製薬の歴史。石油から生み出されたプラスティック・フロンなどの現代文明の負の所産。そしてダイナマイトから化学兵器・核兵器の開発と盛りだくさんな内容。今年からの世界史の文化史の授業に深みが加わることを確信しました。


第12位「女たちのポリティクス」(ブレイデイみかこ)

イギリス・ドイツ・アメリカ・フランス・ニュージーランド・台湾・フィンランド・・いつのまにか世界の先進国には女性のリーダーだらけ。

政治家にとって最も重要な決断は国民の「命」がかかる問題。私は最終的な決断を下す人物は男性ではなく女性がふさわしいと思っています。「命」に関しては絶対に女性のほうが正しい判断を下すことができると信じているからです。


第13位「黙殺」(畠山理仁)

「スマイル党」マック赤坂など、落選につぐ落選を繰り返し300万円もの供託金を毎回没収されながらもくじけずに再挑戦する泡沫候補に10年以上も密着したドキュメンタリー。彼らの生きざま、激アツです!


第14位「民を殺す国・日本」(大庭健)

「足尾鉱毒事件からフクシマへ」というサブタイトルがしめすように、明治以降、国策の犠牲者を制度的に見殺しにしてきたこの国の「構造的無責任」を鋭く指摘した好著です。誰も責任を取ろうとしない近代以降の日本人の在り方は、かつての無謀な開戦決定のプロセスや現在のいじめ問題での加害者・学校・教育委員会の姿勢にも通じるものがあると思います。


第15位「江戸の学びと思想家たち」

山崎闇斎・伊藤仁斎・荻生徂徠などの儒者、貝原益軒・石田梅岩などの庶民教育者、本居宣長・平田篤胤などの国学者、そして明治初期の明六社の面々や中江兆民に至るまで日本の思想家たちがどのように「知」を伝達していたかがメディアの視点から語られた一冊。特に冒頭の「素読」がテキストを身体化するという視点は、塾で国語を子供たちに教える私としては実に興味深いものでした。

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